全梗概感想

声なき声、未知の投げかけ 比佐国あおい

おもしろい。これは、どこかをどうにかすると、「あなたの人生の物語」の異星人コンタクト部分風にも読めます。「血で血を洗う全面戦争」というのが、他の部分とのシャレでないことを祈ります。

地球外生物が人の血を吸うという設定は、もの凄く面白いのですが。それでも、ラストの異星人の「愛している」というメッセージに納得できない!と思うのはわたしが、結構保守的な人間だからかもしれない。だって、「クラゲに似た半透明の浮遊生物」なんですよ。まあ、恋愛に外見の審美は不要ってことでしょうか?

 

エル・アレフの亡霊支配者 村木言

「何せバスケス将軍直属の軍が謀反を起こし、斬奸である政治家や貴族階級のみならず当のバスケスまでも皆殺しにしてしまったのだから。」を、「バスケスバスケスを殺した」風に読み違えて、これは凄いなと打ち震えたのですが、そうではありませんでした。「社会脳」って何だろうと思うけど気にしない。全体が格好いい文体の梗概なのに「おっ死ぬ」って、そう言うキャラなのか。これは標準語だったのかと悩む。最後まで、すんなり流れて面白いと思いました。ただ、最後に「また再び自身を育ててくれる者たちが現れるその日まで」とあると、この二人以前も、ずっと誰かに育てられていたということなのか。アピール文の「そこに根付く人々が変化を許容しない硬直した表象を百年も強制的に育てさせられていたのでした。」から、やはり、人々が育て「させられていた」ということなのか。と納得できるのですが、実作でこの構造が梗概の最後の一文だけでなく、じわじわと印象付けさせてもらえれば、わたしにはわかりやすいです。しかし、そういう「育てる育てられる」なしでも、村木さん安定の文章は楽しみです。ただ、危惧かもしれませんが、村木さんの前作も今回の実作も会話が妙に軽い。すごく軽い。これは意図的であればいいのかもしれませんが。

 

アイを育てる 木玉文亀

後半になると、こういう落ちかなと思う方向へ進んでいくのですが、でも、その説明をするのが本人の西沢さんではなく、第三者だったことに、どうしてそうしたのだろうと深く考えました。それよりもなによりも、アピール文の「愛を受け取ったら、その愛は別の誰かに渡さなければならない。それが愛のカタチなのかなと思い」って、いや、その考えは結構特殊ではないですか?と、気になって気になって仕方ありません。

 

ワカメス 九きゅあ

見たことがない世界観なくせに、すんなりと納得でき、わくわくできる。これが、センスオブワンダーってやつか。

文字を削除したためか、意図的なのか、体言止めと用言止めが重なって、ある意味スピード感はます。もの凄く完成度が高いと驚きました。もちろん、ものすごくSFですが。SFかどうかよりも、毎回書く人なりに「テーマに沿っているか」が重要なのではと、わたしは勝手に解釈していたのです。しかしここでは、テーマの「育てる」が見つけられなかったのです。が、小説として完成度が高ければ、そんなことはいいのか。。。プロフィール欄の「スクール史上最もゲンロンから程遠い受講生」が、最初からどういう意味なのか気になっていたのですが、この作品こそ逆に、アピール文にあるように「現代への批評性」があり、そしてカラフルなSF。まさしくゲンロンSFに沿った作品になるのでは、と思いました。でも、今回の「育てる」で考えられた話なのか。そこはどうでもいいのか。とぶつぶつ言いつつも、美しく造形されている長編小説の梗概と読めました。

 

Touch the Calen 宇露 倫

毎回、宇露 倫さんの書く話は澄んでいて、美しい話だわあ。と読み終わるも、アピール文の「バッドエンドではありません」と、わざわざ書いてあるところから、最後の段落は読み違えたようです。たしかに、いろいろ読み落としていました。と、毎回宇露さんの書く物語はシンプルな作りで、最後の一場面のみへ集約している作りですが、50枚だと、こういう作りの方がいいのだなあと、思うことは思うのです。

 

ムゲン・クエスト 西宮四光

昔から、なぜかRPGって最後のボス戦の前で止めてしまうわたしですが、意外にも、このラスボス前で終わらす派がいることも知るこの頃です。ただ、このRPG的世界を小説にするのは、衰えを知らないかの異世界小説を前にして、何か禁じ手のように思っていました。

ただ、この梗概は単にゲームの世界とは違うのか?何度か読んだのですが、この世界に出てくる?主人公、勇者、魔王の関係がわからなくなりました。主人公が勇者を育てて、魔王を育てる。主人公とは、リアルな人間?「既に旅だった現在の勇者の死を願う」とは、最後の(今プレイしている)勇者?でも、主人公が魔王であったというのは、リアルなプレイヤーが魔王となって操作した?「勇者は主人公の前に戻り」で、この前って何だろうと思うのです。場所としての?時間?最初読んで何となくわかった気になって、読み返すとやはり、よくわからなかったのは、こちらの想像力の問題が大きいと思うのですが。多分、わからせる、誤解させない、って、ものすごく難しいことなのだ。と、わが身に置き換え思いました。

 

弾ける球体 泉遼平

泉遼平さんの書く梗概は、実直にテーマに沿って書かれていて、わたしは好きです。

二人の女の子が球を育てるという今回はさらにSF感というか、物語としても密度が濃くて面白いです。アピール文にあるように、ここは「そういう何か」で、十分だと思うのです。

ただ、球体の正体が何であったのか。という答えが、書かれる「蘇美は球体に取り込まれる」からの流れ、家に届けられて、謝って、で、「慣れない制服に身を包んだ線の細い女の子が立っていた。」は、それでいいのかなあ。ともやもやしてしまいました。球が何であればよかったのかはともかく、泉さんが望んだのは、ハッピーエンドだったとしても、ただ、球に入って、謝っただけで、いい終わりでいいのか。アピール文に書かれているように、いろいろな流れを削除されたのかもしれません。ただただ、二人の女の子が球を育てるという設定は何故か強く惹きつけられました。

 

エアー・シティーズ・インダストリー 藤田青土

藤田さんも、物凄くテーマに沿った物語を書いていて好きです。そして、泉さんと同じく、藤田さんも球体を育てる話とは。その周りの世界は違っていても、「何を育てる」がはっきりしていると、物語を追いやすくなっていい。「レイは調査のため自分の意識と同期した機械をボストークの地表に送り込んだ。」と、あっさり書かれたこの一行は、想像力を掻き立てられて、たまりません。だた、この球体に入って行って、「レイの意識は肥大化し、ボストークの上のすべての有機物たちの急速な進化や退化、生殖と増殖の過程の美しさと力強さに翻弄されていた。ボストークは知的生命を取り込み新しい進化をはじめている。」というだけなのは、ちょっと、そのまま過ぎるような。この梗概の書き方だけだと、何かが足りないような気もします。あるいはそれは、物語としてのひとひねりなどではなくて、実作の50枚程度の流れを読んだ最後の描写によっては、腑に落ちる終わり方になるのかもしれません。

 

落下日和、白い羽 松山徳子

勝手に、松山さんはSFに寄らないお話を書く人か。と思っていたのですが、勝手すぎたわたしでした。「鳥を見た、気がした」の冒頭が、うまく効いていて、冒頭の強いイメージが継続していて、素晴らしい。

そして、一人の男が、羽という奇妙な「自分の一部」を育てるという発想も面白い。その育てることに一喜一憂するさまが続いて、ラストへの流れが美しい。一言も会話がない、映像だけで見せる短編アニメを見ているような面白い印象でした。あ、梗概にはセリフがあるのだけど。

 

日曜ラッパー 一徳元就

えー。「ラップというものをまともに聞いたことがない」っていうのは、うそでしょう。というくらい、ラップの形にはなっていて、驚きました。ヘイサンと凄惨は凄いわあ。また、アピール文の「鍋とか鉄板焼きとかで肉を育てるというフレーズをたまに聞くので、それを書いた。」とあるので、いやもう、その育てる発想だけど、すごく面白いのに。これだけでは、面白くないと、クローンを出すか。そこからの、モンスターって。一徳さんの梗概は、脱力を狙って書いているのかと思っていたのですが、そうではなくて、かなり狙っている実験作なのではないでしょうか?今回、大森さんを含め、講師の方がどう講評するのか、最も楽しみな梗概です!

 

ミュルラの子どもたち 宇部詠一

「同じ樹から生まれたきょうだい同士だ。この世界の人間は」という描写を読むと、イメージを出して読みたいわたしは、え?樹なの人なの?それとも、そのあいの子なの?外観大事よ。とキーキーしました。や、やっぱり、外見は完全な人間なのですよね。そして何の説明もされていないけど、「何の気もなしに大地に突き刺した。」というのは、それが授精?と思ったり。「アフアとヴァンが抱き合っていた。」という描写になって、え?ヴァンって、完全樹木でなく、地面から上が人?そして、「ヴァンと融合してグロテスクな姿になり果てたリュリュ」え?人と樹が融合した姿を見て、「グロテスク」と感じる人だったのだろうか?それは、この世界の人であれば、美しく感じるのではと思ったり。いろいろ思ったりしたのです。そして、「一方が樹木と結ばれて一体化し、残された一人が生まれてくる子供たちを育てるのだ」は、面白い設定規則だと思うのですが。え?生まれてくる子供たちって、完全な人の形であってる?そうそう?と、子供のように、いろいろ聞きたくなってしまう読者のために、実作では、「そこまでするのか」っていうくらい、姿形を説明してくれると嬉しいです。

 

マイ・ディア・ラーバ 揚羽はな

もちろん、いいタイトルだと思います。アピール文を読まないと、そこまでの意味はわかりませんでしたけど。育てるで、“思いついたのは、「子育て」のみでした。”からの「医療機器を育てる」とかには、普通いかないし、「医療惑星セラピスター」って、わかる気になるけど、なんかわからない言葉を出してくるのは、さすがプロだなと勝手に思いました。そこに、里親制度とか、死亡してしまった場合は、里親に厳罰。とかのルールが面白いです。ただ、わたしは、「雪だるま状のキキに嘲りの眼差しを向ける里親たち」というのは、雪だるま状になったことは、何かのミスだったの?で、園児のケガを治すキキというのは、医療惑星セラピスターだったから?とかとか思うも、助けて助けられてまた助けられという最後はとてもきれいな物語だと思いました。

 

あなたが望んだぼく 遠野よあけ

これは、短さだけでなく、どういう物語なのか、よくつかめませんでした。

“「お前は世界を壊さないと信じている。でも、お前が世界を壊したときはその事実を受け入れるまでだ」 志朗は父の願いもむなしく、戦争へと状況を加速させてしまう。”とあるけど、ここの父親のセリフの言いようは、戦争を避けたがっているでもなく、ただ息子に任せているというより、「戦争したっていいんじゃない?おれ、戦争だいじょうぶ」に聞こえなくもない。もろもろ、この物語はどうなるのでしょうかと思いつつ。

 

全部梗概書いたと思います。

どれも、面白い。今回、梗概だけの完成度では、九きゅあさんのワカメスだと思います。でも、どこに「育てる」というテーマがあったのか、わたしには見つけられませんでした。いままでは、何故か全員選出されていない人の梗概が選出されるという偶然?のような現象が出ていますが。それにのっとって、且つテーマの広げ方が面白いなと思ったのは、「落下日和、白い羽」 松山徳子さんと、「エル・アレフの亡霊支配者」 村木言さんでしょうか。

梗概だけで読むと、その梗概内できちんと世界が成り立って、わかりやすい説明が完結されていないと。1200文字に削ったからですなんて、言い訳誰も聞いてくれない。ということが身をもってわかりました。